「部分痩せは不可能」、これは科学の世界の常識でした。その理屈としては、「皮下脂肪は遊離脂肪酸に分解されて血液に混ざり、エネルギーとして使われる。血液は全身をめぐるので、特定の場所の脂肪が燃焼されることはない」というものです。しかし、生理学の常識は日々変わり続けており、部分痩せについても、「ある程度は特定の部位にターゲットを絞って脂肪を減らしていくことは可能」とする説を展開する専門家が複数表れています。健康運動指導士の植森美緒氏もその一人。彼女はその著書『腹だけ痩せる技術』の中で、「お腹の部分痩せは可能」と主張しています。ここではその根拠と方法についてご紹介します。
筋肉はその周辺の脂肪をエネルギーとして使う
ポイントは「インターロイキン6(IL-6)」という物質です。IL-6は筋肉から分泌されており、特に筋運動後に増加します。まだ完全に立証されてはいないものの、このIL-6が筋肉周辺の中性脂肪を分解して遊離脂肪酸に変え、一帯の筋肉がそれをエネルギーとして利用している可能性が高いという説が有力になりつつあります。つまり、動かした筋肉の周辺の脂肪は燃えやすいということです。これは即ち部分痩せが可能ということに他なりません。(参考記事:東大理学博士のボディビルダー・石井直方氏の見解)
これを示す一つの例が、競輪やロードバイク等の自転車の選手です。下半身を酷使する彼らは、太腿からふくらはぎにかけて筋肉ががっちりつき、その部分の脂肪は削ぎ落されたように少ないですが、意外とお腹には脂肪のついている選手がいます(例:小嶋敬二選手、山崎芳仁選手(青)、菊地圭尚選手(橙)、参考記事(外部))。
また、牛や豚で最も脂肪が少ない部位の肉はどこでしょうか?体を動かすための「モモ肉」も比較的低脂肪ですが、一番は「ヒレ肉」です。ヒレ肉は筋肉名としては「腸腰筋」で、体を内部で支えるいわゆるインナーマッスルの一つです。このことからも、ヒレ肉のような赤身の筋肉を作ろうとするなら、持久的に体幹の筋肉を使うのが効果的ということが分かります。
腹をへこます筋肉とは?
筋肉には、瞬発的に優れた「白筋」と、持久的に優れた「赤筋」という2つのタイプがあります。白筋は鍛えるほどに太く大きくますが、逆に赤筋は大きくなりにくいという特徴があります。例えば同じランナーでも、短距離選手の体型はがっちりしており、長距離選手はほっそりしています。これは、短距離選手は白筋が、長距離選手は赤筋がそれぞれ発達しているからです。筋肉のタイプについては、ある程度遺伝的な要素もあるようですが、どんな運動するかによってどちらの筋肉が発達するか決まると言われています。
そこで、お腹をへこませようと思ったら、鍛えるべきは「お腹の赤筋」、つまりお腹の筋肉を持久的に使う必要があります。一般的な腹筋運動は、腹筋の筋肉肥大、つまり「お腹の白筋」の発達を目指すものですので、お腹をへこませるのに効果的な運動とは言えません。
ドローインでお腹はへこむ~筋肉は形状記憶する
そこで、お腹をへこませるのに有効なのが、「ドローイン(Draw-in=引っ込める)」と呼ばれる、お腹をへこませる運動です。おそらく多くの人が「そんなの一時的にへこませているだけだろう?」と懐疑的に思うのではないでしょうか。しかし、著者の植森氏は以下のように語ります。「確かに、最初は意識的にへこませてお腹周りの筋肉を引き出すだけです。しかし、それを続けていると、わざとへこませていないときでもへこんだ形になっていきます。オリンピック選手は水泳、砲丸投げなど、種目ごとにとても特徴的な体型になっていますよね。これは特定の動作を繰り返すから。繰り返すことで筋肉は形状記憶するのです」。
「使わないと筋肉は衰える」、これは誰もが認める合理的な話で、このことは全身の筋肉に当てはまります。ぽっこりとお腹が出ている人は、総じてお腹の筋肉を動かすことができていません。具体的には、腹腔内の圧力を高めて体幹を支える「腹横筋」が衰えていることがほとんどです。ではどうしたらよいか?その答えが「日々お腹をへこませるようにする」ことなのです。
驚くべきことに、植森氏のセミナーに参加した方は、30分間~1時間程度のドローイン運動で、約9割が平均5cmウエストサイズが小さくなるとのこと。これはまさに「筋肉の形状記憶」現象で、決していきなり脂肪が落ちたわけではなく、筋肉が収縮した状態になるからです。また、植森氏によれば、お腹をへこませるためには、体幹部分全体の複数の筋肉をバランスよく使う必要があり、一箇所に大きな負荷はかからないので、白筋が発達して筋肉が大きくなることはないとのことです。
ドローインの方法
前述のように、専門家の指導の下負荷の高い効果的なドローインをすれば、早い人は一回だけでお腹のサイズダウンを実現することも可能です。しかし現実的には、日常生活の中で行うにはある程度の期間が必要で、「形状記憶」させるためにもやはり続けることが大事になります。日常生活でなるべく長い時間「ドローイン」するように心がけましょう。例えば、エレベーターやエスカレーターに乗っている間、電車で吊革につかまって立っている間、信号待ちをしている間、風呂に入っている間…ふとした時間を見つけてお腹をへこませます。一回の時間は数十秒程度で構いません。
この際、いくつか気を付けるべきことがあります。慣れるまでは、「背筋を伸ばす」⇒「肩を後ろに引く」⇒「お腹をへこませる」という順で姿勢を作るようにしましょう。肩に力が入ったり、胸を突き出したり、腰を反らしたりしてはいけません。また、息を止めないよう注意してください。息を止めてお腹をへこませると、息をしたとたんにお腹の力が抜けるので形状記憶効果が低くなりますし、日常生活の中でしょっちゅう息を止めるのは不自然です。もし息を止めないとお腹をへこませるのが難しい場合は、人と話をしながら、あるいは歩きながらやってみると自然にお腹をへこませることができるようになります。
これを繰り返すことで、遅くとも2週間もするとお腹が引き締まってくることを感じるはずです。もし2週間たって効果が表れない場合は、姿勢や呼吸の何かが間違っています。
サイズ減から脂肪減へ
ただし、この段階ではあくまで筋肉の形が変わっただけであって、脂肪が落ちたわけではないことに注意してください。1ヶ月もすると、筋肉不足による出っ張りはかなり解消され、そこからは当初のようなペースでは腹はへこまなくなってきます。しかしそこからさらにドローインを続けると、徐々にお腹周りの脂肪が燃焼されてきます。植森氏によると、一般的には3ヶ月から半年くらいでお腹周りの脂肪減を実感できるようになるとのことです。
また、一つ興味深いデータがあります。植森氏が、筋生理学者の谷本道哉氏の協力を得て行った実験によれば、一日ドローインして歩くと、同じ時間同じ速さで普通に歩く場合に比べ、40%前後も消費カロリーがアップしたのです。この値は、一日の中で換算すると、あまりドローインしなかった日でも30分のジョギングに相当し、積極的にドローインした日はなんとジョギング1時間20分に相当するとのこと。この実験では、どこの部位のエネルギーが燃焼されたというデータは出ていませんが、「動かした筋肉の周辺の脂肪は燃えやすい」という仮説に基づくと、お腹周りの脂肪がエネルギーとして燃焼されたであろうことが推測できます。
まとめ
ここまで読んでいかがでしょうか?「お腹の脂肪を落とす」と「お腹の形を変える・サイズを落とす」ということは全く別物であるということに注目してください。あなたが目指しているのはこのどちらでしょうか?あるいは両方でしょうか?
一般的に脂肪を落とすには、食事制限または有酸素運動、いわゆるダイエットが必要で、それなりの時間がかかります。「お腹の脂肪を落とす」という目的を達成する前に挫折してしまう可能性もあり、またあまり無理をすると長続きせずにリバウンドを招く恐れもあります。リバウンドするくらいなら初めからダイエットなどしない方がマシです。
一方、この「ドローイン」というアプローチは、いきなり「腹の脂肪を落とす」とは銘打っていないところに信ぴょう性があります。順序としては、まずお腹の筋力を高めることで「お腹の形を変える・サイズを落とす」を達成し、その後徐々に筋持久力を高めて「お腹の脂肪を落とす」の達成を目指します。先に形が変わるので、他の運動と比べ無理も少なく、モチベーションも続きやすいと言えるでしょう。
ドローインはいつでもどこでもできることなので、お金も時間もかかりません。また、前述のように、日頃ドローインを意識すると姿勢が改善されるので、仮にお腹痩せが実感できなかったとしても、全く損はありません。あなたのダイエットの一番の目的がお腹痩せなら、一度騙されたと思ってドローインを実践してみてはいかがでしょうか?
ドローインの方法について図解やさらに詳しい内容に興味がある方は著書をご参照ください。