近年、ちょっとしたトレーニングブームです。さまざまな雑誌で最新のトレーニング法や画期的メソッドなどの見出しが目に飛び込んできますが、トレーニングの基礎となる理論、運動生理学の根本は昔から大きく変わってはいません。ここでは、カリスマフィットネストレーナーの山本ケイイチ氏がベストセラー著書「仕事ができる人はなぜ筋トレをするのか
意識性~結果を意識して行動する
例えば「持久力を挙げたい」「筋力をつけたい」あるいは「痩せたい」等、明確な意識を持ってトレーニングに臨むことが重要です。意識が無ければ、トレーニングの効果は表に出ません。それどころか、意識がなければそもそもトレーニングメニューを選ぶことができません。また、一つ一つの動作の際に「これは○○の筋肉を鍛えるためにやっている」「これは脂肪燃焼のためにやっている」「これは有酸素運動である」といった意識がなければ、トレーニングの効果は非常に低いものになります。
またこのことはトレーニングに限ったことではありません。現代社会は便利すぎて、ただでさえ人間の意識性を低下させる方向に進んでいます。蛇口をひねらなくても手を差し出せばセンサーが感知して水が出てきます。運賃を調べなくてもパスをかざせば改札を通れます。本を何冊も調べなくてもインターネットにキーワードを打ち込んで検索すれば答えが見つかります。するとどうなるか?人間は頭を使わなくなり、他人の意見に簡単に流されるようになります。体の動きや感覚が鈍り、危機管理能力も働かなくなります。失われつつあるそういった感覚を呼び醒ますためにも、結果を意識したトレーニングはとても有効です。
全面性~バランスを取りながら鍛える
体重を落としたいときに「痩せたいから食事をしない」という方法をとる人は多いですが、これは間違っています。栄養のバランスをとりながら、食事による摂取カロリーを減らす、有酸素運動によって消費カロリーを増やしつつ、筋肉を減らさないためのトレーニングも行う、といったように、全面的にバランスをとっていかないと、健康的に痩せることはできません。トレーニングについても、筋トレばかりやっていたら、筋肉が硬くなってしまってケガをしやすくなるのでストレッチなどの柔軟運動も必要になります。トレーニングにおいては、このように包括的にバランスのとれた運動を組み合わせる必要があります。これが「全面性」です。
人生においても、「ワーク・ライフ・バランス(work–life balance)」という言葉がありますが、仕事、家庭生活、友人関係、お金、健康、生きがい、働きがいなど全面的にバランスのとれた生き方をすることが、人間の幸せに不可欠であるのと同様です。
漸進性~常に新しい刺激を与える
これは「過負荷」の原則とも言い換えられます。「漸進(ぜんしん)」とは「少しずつ進む」という意味です。トレーニングを続けるにあたっては、運動メニューを少しずつ変化させ、負荷を大きくしていく必要があります。同じ運動を続けていくと体が負荷に慣れ、楽にこなせるようになってしまい、トレーニングの効果が頭打ちになってしまうからです。
また、人間の体は日々老化し筋力が低下しています。よってそれに抵抗するためにも、負荷を少しずつ重くしていく必要があります。ただでさえ、年齢が上がるにつれて成長ホルモンは出にくくなるので、年齢に抵抗してハードなトレーニングをしても10代の頃のような効果は上がりません。常に負荷を大きくしていかないと、はっきり言って筋肉をつけるどころか、現状の筋肉を維持することも難しいです。
勉強や仕事においても、人は少し背伸びをしたとき、少し無理を感じるときに最も成長すると言われています。少しずつでよいので常に新しい刺激を与えていかないといけないのは、筋肉も脳も同じなのではないでしょうか。
個別性~個性に合った方法を考える
体は一人一人違うので、全く同じトレーニングをしてもその効果は異なります。「この人はこうやってすごく効果が出た。でも私は同じようにやっても全然効果が出ない」ということが起こります。これが「個別性」です。「このトレーニング方法だったら誰でもOK」というような方法は絶対に存在しません。効果を上げるには、個人の個性に合わせたトレーニングをするのが鉄則になります。
勉強でも同じです。「あの人と同じ時間、同じテキストを使って勉強しているのにあの人のほうができる」という経験をしたことがある人は多いのではないでしょうか。これには資質の問題もありますが、あるいは違うテキストを使ったらもっと伸びる人もきっといるはずです。
また個別性の原則に関連して「SAIDの原則」というものがあります。「SAID」とは「Specific Adaptation to Imposed Demand(与えられた負荷に応じた適応現象を起こす)」という意味です。例えばずっと神輿を担いでいる人は肩にタンコブができている、などというのも適応現象の一例です。トレーニングについて言えば、例えば脚の筋肉を鍛えたいのにベンチプレスばかりしていても目指す筋肉はつきません。逆に「こうありたい」という目標があったら、そういう変化が起こるような負荷をかけてやればよいのです。そのためには前述の「意識性」が必要になります。
継続性~変化が定着するまで続ける
どんなに質の高いトレーニングであっても三日坊主だったら意味がありません。たしかにたとえ一回のトレーニングでも細胞レベルの変化はあります。例えば筋肉痛も変化の一つです。しかし、たった一回で終わらせてしまったら、その変化は定着せず、何の効果も見込めません。一箇所の筋肉を鍛えるだけでも、結果が目に見えて表れるようになるには最低6週間は同じ方法を続けてやる必要があります。
トレーニングで最も難しく、そして最も重要なことは「続けること」です。続けることさえできれば、トレーニングはほぼ成功したと言っても過言ではありません。一つの目安は「半年」です。半年続けば、トレーニングはその人にとって習慣になります。人間はもともと安定したい生き物なので、例えば最初はジムに行くことが非日常だったのが、逆にジムに行かないと安定しなくなります。こうなればしめたものです。
トレーニングを続けていくためには、最初から目に見える効果を期待しないほうがよいとも言えます。そうすれば、効果が出ないからといってすぐやめることもなくなりますし、逆に効果が出ないからこそ続けなければならないと思えるようになります。このとき気を付けないといけないのは「あの人は○キロを持ち上げているのに自分はそんなに上がらない」「本には週に2回以上やらないと効果がないと書いてあった」などと、他人と比べたり、世間一般の基準に自分を無理やり当てはめないということです。「続けることこそがトレーニングの目的」と考えてください。
まとめ
話をまとめると、トレーニングとは「肉体に何かしらの負荷を与えて、適応現象を引き出すこと」と定義できます。ここでいう「負荷」とは、日常生活以上の強度を与えることです。バーベルがなくても、自分の体重を利用してスクワットをすれば日常生活以上の負荷になるし、日頃めったに歩かない人であれば駅まで歩くことも立派なトレーニングになります。
「適応現象」は以下のような公式で表すことができます。
適応現象 = 「負荷の種類」 × 「大きさ/強さ」 × 「期間」
「負荷の種類」とは、バーベルを挙げるのかランニングをするのか、ヨガをするのかということ。「大きさ/強さ」とは「何キロ挙げる」「何回挙げる」「一つのポーズを何秒するのか」ということ。「期間」とは「一回のトレーニング時間は何分か」「何ヶ月続けたか」「何年続けたか」ということです。こられが全てしっかり整わないと適切な反応は起きません。
付け加えると、適応現象は、この3つの要素に加えて「超回復」と呼ばれる生体現象に依存します。超回復とは、トレーニングによる疲労によって筋力はいったん落ち、再生の過程で元のレベルよりアップするという現象です。しかしここで考慮しないといけないのは、前述のように筋力や筋肉の再生能力は加齢とともに衰えていくということです。歳をとっていくと、あまり激しいトレーニングで筋繊維を破壊し過ぎるとその後なかなか回復しないので、やたらに負荷を上げるというわけにはいきません。しかし、先の公式に当てはめれば「大きさ/強さ」では無理はできないとしても、「負荷の種類」と「期間」でカバーすることができます。効果がなかなか上がらないのにトレーニングを続けるのは精神的にキツいと思うこともあるかもしれませんが、歳をとれば若いときよりも忍耐力は上がり、目的意識もはっきりするようになるはずです。
トレーニングを始めるのに遅すぎるということはありません。時間をかけて何かに取り組むという経験が減りつつある現代社会においては、自分の体の変化とじっくり向き合うトレーニングという行為は、精神力を鍛える貴重なチャンスでもあります。そう思って是非積極的にトレーニングに励んでください。